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たれながし

大学生(19歳・男)の頭の中がventig。

電車っていう空間が素敵だと思う3つの理由

人を眺めるのが好き

私は、そこらへんにいる人達を眺めるのが好きだ。男でも女でも、お年寄りでも子供でも、それぞれに面白さがある。表情や服装から、その人の置かれている状況を推測してみたりっていう遊びをすることもあれば、ただただボーッと眺める時もある。それぞれ異なる人生を背負って生きる人間が目の前に存在する。それを見て確認し、外見から得られるわずかな情報を頼りに、どんな人生を背負っているのか予想する。それが楽しいのかは分からないけれど、なんとなくやりたくなるのだ。

話を盗み聞きするのも好き

私は、他人の話を盗み聞きするのも好きだ。マックでハンバーガーを食べていると、隣の席で女の子二人組が互いの彼氏について喋っているのがふと耳に入ってくる。電車に座って外を眺めていると、向かいの席で母親が息子に話しかけはじめたので、それに耳を傾ける。

人が気を許す相手と喋っている話というのは、とても希少価値が高い。ネットで拾えるようなものではないし、その場限りのコンテンツだ。仲間内でしか分からない単語が出てきたり、「ああ、あれねー」で済ませたりするから盗み聞きする側には内容がよく分からなかったりもする。でもそれでいいのだ。なんとなく他人の秘密に踏み入っている気がする、というだけで素直に楽しいのだ。眺めることよりもワクワクする行為である。しかし、至近距離でないと聞き取ることは難しいので、いつできるかは運任せである。

ボーッと考えるのも好きである

電車内では基本的に、スマホを出すわけでもなく瞼を閉じるわけでもなくボーッとしている。とにかく電車に乗ってる時はボーッと考え事をしていたい。

 

まとめ

(満員ではない)電車内という空間は上の3つの行為を行うのに最適な空間である。動かない対象がまるでショーウィンドウかのように前の座席に並んでいる。眺めるのに絶好である。比較もしやすい。電車内では人との間隔が自ずと狭まる。その結果、他人の話も聞こえてきやすい。考え事をしているふりをしながら、盗み聞きする。電車内では皆手持ち無沙汰になるものだ。たいていはスマホを取り出すか、居眠りをし始めるが、ボーッと考え事をしていても目立たない。

 

電車っていう空間いいよね。